2015年2月20日金曜日

森麻奈美


【自己紹介】27歳の演劇関係者です。中学も高校も東京の学校だったので、どちらも遠足が横浜でした。
昨年末のシアターゾウノハナで演劇クエストのジャックの章をやって、今回二回目です。ジャックの章では死にまくりました。

【写真】獅子座・宝の石と高速道路・宝の石


【冒険の記録】
▼1 14時をけっこう過ぎてから時間外受付。YCCを出発。

▼15 とりあえず象の鼻が近いので、象の鼻へ行こうと思う。
 本能のままに(?)海と赤レンガを目指す。それで着くと思った。
水に寄せられてまず大岡川を渡って、それから汽車道を通って赤レンガまで行って…というルート。
結果遠回りのように感じたのであとで地図でルートを確認したら思った以上の遠回りだった…。
おかげでアートリンクのところを通る。アートとして飛び出ている窓の障子が氷みたいでキレイ。

▼2 14:40くらいに象の鼻パークに到着。テキストによると、地図のしるしの場所は小一時間でたどり着くそうだから、行ってみようと思う。

▼7  実は昨年末から気になっていた、象の鼻パークのドミノみたいなパネルのとこ。歌舞伎ドラマ『ぴんとこな』でやたら使っていた場所じゃないか、という疑いで…。
そういう邪道な理由で、選択肢はパネルを選ぶ方まっしぐら。75へ。

▼75 パネルに沿って走る。楽しい。

▼106 テキスト、「小さな子象が何頭か遊んでいる」と一瞬見間違えて焦る。「並んでいる」か。でもそう言われると遊んでいるのかもなーとか思ううちに出ちゃったので、117に行く。

▼117 時間帯の問題か、あるいはこの後の天候に関わる問題かもしれない。
テキストに書かれているような潮の匂いや海の音、カモメの声は一切せず、ただただ車の音が、激しい波のように轟いていた。
なんにせよ《荒ぶる波》のイメージは、確かに得られた(のかもしれない)。

▼71 象の鼻パークを出て、左折してひたすら歩く。
ナポリっぽい。有色人種の外国人集団とすれ違った。あれは一体何語だったのだろう…。
まるで海外旅行に来たようだ。どこにいるのかわからなくなる。
横浜自体は何度も来たが、異国情緒あふれるここを、きちんと孤独に歩いたことがあったろうか。

テキストに指示された人形姫の像を発見。まさかのコペンハーゲンのそれとまったく同じものが、陸に…。
人魚姫の像はコペンハーゲンのをみたことがある。あれもこれと同じように「え、ここ?」ていう場所にあった。
目につきにくくて近づきにくい波と岩の合間に、ちょこん。こちらは人と建物の狭間に、ちょこん。
どちらも孤独に感じるが、こんなに近くを日に何人も通るような、横浜の陸の人魚姫の方が嘆きの声をあげているように思う。
テキストを読む。1929年にできた建物。「ヒド(1)ク(9)フ(2)ク(9)ザツ 世界恐慌」と頭をよぎる。
そして、ここではじめてあのドミノパネルを選んだことが「物語の舵をとった」事実に気付く。
《無限回廊》、《狂った時計》。そちらだったらどうなったのだろう。
パネル選んだ理由のどうでもよさゆえに尚更後ろ髪引かれつつ、私は《荒ぶる波》の物語を進む。理由はどうあれ私が選んだ。

▼53 窓際のテーブル席には誰もいなかった。が、そこを片付ける若い女性店員さんと目が合い、びびって隠れてしまった。向こうからしたら不審人物だったと思う。反省。
 テキストを読む。1930年の、恋人たちの物語だった。
 「不況と数年前の大震災」という言葉に今を重ねる。
�荒ぶる波�がこの国の未来の暗示だったのなら、自然の声がきこえず車の轟きが荒く波立つ今の《荒ぶる波》は、さらにどんな未来を暗示しているのだろう。
 私が顔を見るべき女性は、いない。人魚姫は路地で憂い、窓辺のロンドン人形はあほっぽく外を眺めている。

▼32 信号を渡るとシルクの像。女の子の手に持っているシルクの質感がなんかすごくシルクらしくていい。ブロンズなのに。
英一番街をみる。一気に私が普段なら避ける雰囲気に。妖しい入口はハードル高い。87へ。

▼87 英一番街、お手洗いの前に養蚕の浮世絵が。へえ、と思い、見入る。貴族階級っぽいなりの洋装女性が働いている姿の絵が、浮世絵で描かれているのはとっても不思議な感覚だった。
そのまままっすぐ進む。

実はここで壮大なオーバーランをした(している?)。熊やら鹿やらの大首の剥製(首の長さが70cmくらいあったと思う!)を「わーすごーい」と見ながら反対側の出口から外へ出てしまったのだ。
 出たもののテキストに指示されている十字路がなく困っていると、大首剥製を扱ってた店の店員さんが出てきてこちらを伺ってる。またなんか不審人物だったんだろうか、私…。
十字路とはシルクセンターの中なのでは?と思い、中に戻る。
 戻って進むと…さっき浮世絵をみていた場所が87の十字路では?というオチ。そこには外国人さんがいた。

▼80 このパラグラフの指示に従うと外国人さんと同じ格好になる。
二人の間に「もしや…?!」という謎の空気が流れるも、私からすると彼がみていたのが赤い本ではなくスマホだったので自信がない。向こうからしても、たぶん私が「話しかけないで」オーラ出していたと思う…
私は先に、指示された非常口の方へ行く。外国人さんはしばらくスマホをみて考え込んでいたけど、なんか、ついてきた!?
どこの国の方かは存じ上げないが、日本の非常口マークがわからなくて困っていたのだろうか…。
ピクトグラムは世界標識だから可能性は低いけど、確かに海外で「ここ通れ」て指示だけだされたら不安になるドアではあった。というかここ本当に一般人通っていいのか?と私も不安になりつつ、半端な連帯感で外国人さんと無言で進む。

▼6 という緊迫状態のまま産業貿易センターに入ってしまった。入ってからパラグラフ6を読む。(ごめんなさい)
繭を振って、からから鳴るのをきいた。子供の頃、社会科の授業で。そのことを思い出す。
養蚕は私にとっては幼い頃から話に聞いていた昔の人の知恵で、繭玉の中に死んだ虫がいる事実が、私には、神秘的だった。出られない蚕を可哀想と思ったことは一度もなかった。
私は脱出する意思があるんだろうか…とうっすら気持ちが沈みつつ進む。

▼49 外国人さんと並走。

▼65 割と時間がなかったので、58。

▼58

▼114 ホール前のオテロのポスターをチラ見しながら、寒くはないが走った。二度の迷子タイムのせいで、そろそろ一旦停止しないといけなそう。
にしても象の鼻から考えると迷子は一回だけなので、「小一時間もあれば着く」は絶対嘘だと思った。このへんが小一時間。

▼91 旧イギリス七番館。ここまでだな、と思い本を閉じ駅へ向かおうとした。突然、激しい降りだし方で、雪。

▼144 雪の洋館、雪の港を振り返りながら、日常へ帰る。15:40。

------

後日、同じ時間15:40から、
▼91から再開。

▼76 噴水は水抜きされていました。むなしい女神像…
なぜかはやくもイースターの飾りがあるディスプレイを楽しみながら、ホテルニューグランドに入る。

▼37 きれい。しかし時間帯のせいか閑散としていて、それがいっそう、震災後の復興にまつわるテキストをしみさせる。
 中庭へ向かう途中、ホテルのミニチュア模型とタイプライターなどの展示品があり、楽しくなる。
ミニチュアをみているとミニチュアの中を歩きたくなるのだけれど「このミニチュアは今私が歩いている建物のミニチュアなのだから私がこのミニチュアの中にいるようなもんだ!」とか子供じみたことを思っていて、
いっそうこの建物が人形の家のような虚構の建物に感じた。そうして、ミニチュアのような中庭へ。アリスの、小さなドアの向こうの世界に行くシーンを見るような感覚。

▼51 相変わらず曇天で、中庭には従業員が仕事モードで行き来する以外人はなく、寂しげだ。噴水も遠い昔の遺跡みたいに死んでる。
とにかく私は《荒ぶる波》の物語を進む。

▼85 噴水の澱んだ水を見ながら、テキストを読む。海を渡ってこの地へ来た男性が、日本の絹商家の娘とここで会ったくだり。
あの日途中で中断せずここまできていたら、あの外国人男性と日本人娘の私がここでかちあっていただろうな…と思った。なんか惜しいことをした。誰もいない。
私は一人で、寂しい空と白い壁と中庭とを見渡した。ここで、90年近く前にあった、華やかな世界を思いながら、曇った夕暮れをみていた。
 従業員男性二人が仕事の相談を噴水脇でしはじめたので、邪魔にならないようそっと立ち去る。

▼121 マリンタワーの現れ方はいつも心臓に悪いと思う。東京タワーやスカイツリーみたいにかなり手前から見えていてくれない。いつも「こっち行ってもないんじゃない?」て直前まで思わされる。ずるい。

▼25 のぼらず、山下公園へ。
▼132 山下公園。船に近付いてみる。

▼101 恋人たちの別れの物語のパラグラフを読む。
テキストの「許されざる者」という言葉がささる。地図の場所へ行かなくては、と一気に気持ちが急いた。

▼96 不気味な石のステージ。大きな口が滝の中からでてきて、地獄の入り口みたいだ。レビヤタン…?(←キリスト教写本で出てくる怪魚)
だけど気持ちは異様に急く。わりと駆けあがった。そうして、〈せかいの広場〉へたどり着いた。神秘的過ぎて立ち止まる。

▼47 水の女神の噴水は水が抜かれていた。ホテル中庭の噴水は死んだように澱んでいた。
せかいの広場の水の羅針盤はこぽこぽと水が沸き続け、十二の方向に流れ続ける。あの化け物の口にも降り注ぐ。
化け物へ通じる水の方をみつめれば、山下公園と港がみえて、恋人たちが、ちらほらみえた。こちらへ来るカップルもいる。
それから海をみて、テキストをみて、恋人をおいて日本を離れた語り手を思う。おいていった恋人になぞらえられた灯台は、ここからは、みえない。
このまま一気に印の場所まで行きたいテンポの展開だったが、ここで、事故。
 次の場所を示す目印の〈星座〉が見つからない。
獅子座と乙女座を見つける以前にそもそも十二星座が見つからない…。
 床のタイル絵は、星座ではないと思うのだが、無理矢理当てはめられるだろうか…といろいろ試す。しかしそれでできるものも並びがおかしい。
羅針盤の先(下に水が落ちるところ)に描かれている絵が魚らしきものなので、そこが魚座か、もしくは半魚状態の山羊座のはず…だが、どちらでも双子座までの数が合わない。
かなり悪戦苦闘。この間二組のカップルが来て、去った。
もうどうにもならない、とあきらめて、適当に一本道を決めて進んだら、—
—わ、双子座だ!と星座発見。
端へ行かなければ見えない落ち窪んだところに描かれていた…
双子座、蟹座、とくれば次が獅子座。そして乙女座。
なぜかスタートのうお座の前に一匹蛇が描かれていたりする。なぜだ…。と少し観察しつつも、行かなくてはと感じた。
どうでもいいが私自身が獅子座だったりする。ので獅子座を記念に写真にとった。私の分身。
獅子座と乙女座の間を進む。

▼138 完全に遺跡を巡るような体感で、トンネルをくぐる。恋人たちの居る港の空間から一気に緑生い茂る奥地に来た感覚だった。
待ち合わせのしるしの場所、宝の石にたどり着く。
ここで待っていた女性、ここに待っている人がいると知りながらあの港から立ち去った男性、そして現在ここに遊びに来て落書きをするいくつもの恋人たち。
テキストの物語と風景に後押しされ、宝の石の落書きに神秘を感じた。
「なんなら私の中高の遠足のときにクラスの誰かも書いてるんじゃないか」ぐらいの卑近さがありながら、神秘的だった。
すぐ後ろを高速道路が走っていて、最初の象の鼻パーク脱出時と同じ「車の轟き」が聞こえ続けていた。
「forever love」という可愛らしい文字を見つめる。異様に遺跡っぽい。
 持ち帰るわけは、ない。

▼ 20

▼144 地獄めぐりと言うにはあまりにも美しい旅だった。16:59。ちょうど冒険を終える時間になるところ。

 帰りに山下公園を久々に歩くとカップルばかり。しかしどの恋人たちも微笑ましい。
 信じられないことに、私が会いたかった人から連絡が来ていた。連絡を返し、そのままの足で彼に会いに行った。
 指定された港の喫茶店へ行くと、その人が、待っていてくれた。
この日ほど誰かが待っていてくれることを有難く思う日はなかったし、会えることをしあわせに思う日もなかった。




0 件のコメント:

コメントを投稿